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■ 設計/試作は EPSONフォトマット紙 で行っています。
■ [プチっと.NO] をクリックするとzipファイルがダウンロードされます。
『ずんぐりF1図鑑』......膨大な数のかわいいアイコンでF1のデータを見る事ができるホームページです。プチFと同じ年式の車を検索するのも面白いですよ。

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not for sale !!




1979 Lotus Type 79
79
優れた技術はすぐに模倣されるのがF1の世界。
圧倒的なスピードで前年のチャンピオンシップを制したロータス79のグランドエフェクトの考え方に全てのチームが追随しました。
いっぽう当のロータスはさらに進んだ1979年用の新車[Type80]を開発します。 しかし残念な事に、過激なまでに技術的な追求にかたよったマシンはあまりにもバランスの悪い失敗作になってしまいました。
チームは前年のマシンでチャンピオンシップを戦う事になりますが、周りを見れば全てがグランドエフェクトカー。ライバルチームはあっという間に本家を凌ぐスピードを身につけ、ロータスはこの年から低迷を続ける事になってしまいました...。。
ボディーカラーはJPSが撤退し前年までのブラックから、ブリティッシュグリーンに変わりました。 ドライバーは前年チャンピオンのアンドレッティーと、フェラーリから移籍したロイテマン。アンドレッティーは結局ランキング10位に沈んでいます。

プチっと.014 1979年 Lotus Type 79 #2 Carlos Reutemann
プチっと.013 1979年 Lotus Type 79 #1 Mario Andretti
 >>> 組み立て説明



1978 Lotus Type 79
79
『Black Beauty』
ロータスタイプ79にはそんなニックネームがついています。
前年のタイプ78は大成功したものの、それはウイングカー(マシン自体をウイング形状にしてダウンフォースを得る車です)に過ぎませんでした。
設計陣が目指していたのは完全なグランドエフェクトカー(路面と走行中のマシンの間に負圧状態を作り、生まれるベンチュリー効果によってマシンが路面に吸い寄せられます>ベンチュリー空間が乱れた時マシンが舞い上がってしまう等、危険な面も持っていた為に1983年フラットボトム規定で禁止になりました)
78の空力デザインをさらに洗練させたまさに先進的なグランドエフェクトカーである このタイプ79はロータスにコンストラクターズチャンピオン/ドライバーズチャンピオンの両タイトルをもたらしました。

 ドライバーはマリオ・アンドレッティと「70年代最速の男」ロニー・ピーターソン。
ロータスはアメリカ系サプライヤーの要望でアメリカ人であるマリオを勝たせる体制でした。ロニーは終止ナンバー2ドライバーとしてマリオをサポートします。
 迎えた第12戦/雨まじりのオーストリアGP。レース開始すぐのマリオのリタイアによって、ロニーはチームオーダーから解放されます。
終わってみれば2位を50秒も引き離す圧勝でした。
第14戦/イタリアGPで帰らぬ人となってしまったロニーにとって79唯一の勝利でした...。

 ゼッケン55はロニーの代わりに最終2戦(アメリカ/カナダ)を走ったジャリエの車です。


プチっと.012 1978年 Lotus Type 79 #55 J-P Jarier
プチっと.011 1978年 Lotus Type 79 #6 Ronnie Peterson
プチっと.010 1978年 Lotus Type 79 #5 Mario Andretti
 >>> 組み立て説明

1975 BRABHAM BT44B
bt44

 前年に引き続き、ロイテマン、パーチェがドライブしました。
 優勝こそ各ドライバー1回ずつと少なかったものの、手堅くポイントを重ね、この年のコンストラクターランキングでは2位を手にしました。
 メインスポンサーの[MARTINI]はイタリアのベルモット(お酒です)メーカー「マルティニ・エ・ロッシ社」WRCのランチャ等もサポートして来たこの会社は日本でもおなじみですね。....って書いてたらマティーニ飲みたくなってきた(^^;)。

■ 画像は試作時の物です。ダウンロードバージョンは修正が加えられています。
■ BT44の作り方と共通です。[17]のパーツが変わっていますが取り付け位置は同じです。
2005年/4月 

プチっと.009 1975年 BRABHAM BT44B #8 Carlos Pace
プチっと.008 1975年 BRABHAM BT44B #7 Carlos Reutemann




1974 BRABHAM BT44
bt44

イギリスで『サー』の称号を持つF1ドライバー、ジャック・ブラバムが作ったブラバムチームは、1966年、1967年とチャンピオンシップを制した名門チームです。(今は消滅しちゃったけど)
1971年には現FIA会長であるバーニー・エクレストンがチームオーナーになりました。
1974年、このBT44をデザインしたのはゴードン・マーレイ。
この後もブラバムで表面冷却マシンやファンカー等、斬新な(?)マシンを次々に作りました(後にマクラーレンに移籍してMP4/4という最強マシン(16戦15勝)をデザインします...ゴードンすげー)
ちなみにマシンに付けられた『BT』とは最初のチームオーナー、ジャック・ブラバムとロン・トーラナックの頭文字を取った物です。
2005年/3月 

プチっと.007 1974年 BRABHAM BT44 #8 Carlos Pace
プチっと.006 1974年 BRABHAM BT44 #7 Carlos Reutemann
 >>> 組み立て説明

1974 McLaren FORD M23
m23

 1973年から登場したM23。
 ゴードン・コパックにより設計された『ウエッジシェイプ』と呼ばれるくさび形ボディを持つこのF1マシンは 1974年、ついにマクラーレンに初めてのF1チャンピオンシップをもたらしました。
 この年のメインスポンサーは [TEXACO] という石油会社。[Marlboro] のロゴも年代によって変化があるのも面白い所です。
(さらに化粧品メーカーである [ヤードレー] がスポンサードするチームにもマシンを供給。)
 ドライバーはデニス・フルム(1967年のF1チャンピオン) とエマーソン・フィッティバルディ。
 この年ドライバーズチャンピオンに輝いたエマーソンは1972年(25歳、史上最年少チャンピオンです。)に続く2度目の優勝でした。
(ちなみにエマーソンは1989年には CART Indycar のチャンピオンにもなっています)
2005年/2月 

プチっと.005 1974年 McLaren FORD M23 #6 Denis Hulme
プチっと.004 1974年 McLaren FORD M23 #5 Emerson Fittipaldi
 >>> 組み立て説明


1976 McLaren FORD M23
m23

1973年にデビューしたマクラーレンM23は、1977年中盤まで活躍しました。

歴代のF1マシンの中で最も長い期間を走り続けた車です。
そして、1974年、1976年、の2度ワールドチャンピオンシップも制しています。
プチっと.001/ゼッケン11が1976年のチャンピオンカーです。

ゼッケン40は、近年F1ファンになった方でも御存知のジャック・ビルヌーヴのお父さん、 ジル・ビルヌーヴのF1デビューイヤーです。

1977年、10戦目のイギリスGP。
この年のF1、決勝グリッドに並べるのは26台に対し、エントリーしているマシンの数は40台(!!)
初の予備予選も行われた年でした。
マクラーレンチームはシーズン中に車を新型のM26にスイッチしています。ジルに与えられたのはM23...。
ジルは初めての、このF1マシンでその予備予選をトップで通過します。
その後の本予選でも新型のM26(ヨッヘン・マスが予選11位)を上回る9番グリッドを獲得。
決勝は7位を走行中に水温上昇>ピットイン>調べると...>水温計が狂っていた!(^^;)
この後に怒濤の追い上げで11位で完走する訳です。
そしてこのレースでジルの可能性を見出した、エンツォ・フェラーリが、わずかF1を1レース走っただけの若者をスクーデリア・フェラーリ(スクーデリアとはチームという意味です)ヘ迎え入れる事になるのです。
2005年/1月 

プチっと.003 1977年 McLaren FORD M23 #40 Gilles Villeneuve
プチっと.002 1976年 McLaren FORD M23 #12 Jochen Mass
プチっと.001 1976年 McLaren FORD M23 #11 James Hunt
 >>> 組み立て説明